御徒町一丁目町会 祭礼部下谷神社 本社神輿の歴史

■初代本社神輿

初代の本社神輿は、徳川六代将軍“家宣”の側室“月光院”<下谷神社の氏子南稲荷町(現在の稲荷町交差点コーヒー・ショップ ベローチェ裏側)唯念寺住職の娘“輝子”)が、奉納されたものでした。

■初代本社神輿の大きさ

*高さ:約1m80cm

*台輪:約1m20cm角

*総檜造り

*朱塗り

*金具は全て銅板に金メッキ

■初代本社神輿は関東大震災で焼失

大正12年9月1日に起こった関東大震災で社殿と共に焼失してしまいました。

震災3日後の火事によるものでした。

■焼失2年後に現在の本社神輿新調を決定

関東大震災から2年後の大正14年8月5日氏子総代会において本社神輿新調を決議しました。震災直後、住民の日常生活もままならない時に、神輿新調を決めたということは、当時の氏子の熱意、心意気を窺うことができます。

■本社神輿新調議事録

大正14年8月5日 氏子総代会

  1. 神社復興の魁(さきがけ)として先ず神輿を新調し来年の大祭には氏子各町を渡御する事。
  2. 神輿新調費は金5,000円(現在の約5,000万円)を限度とする事。
  3. 各町渡御の際従来の白丁人夫を廃止し専ら各町内の若者に担がしめる事。
  4. 各町巡業の時間を定めて確実に此れを実行し得る様、拾ヶ町睦連に尽力えしむる事。
  5. 神輿新調に関しては総町集会に協りて決定する事。

■新神輿は上野松坂屋へ発注

大正14年10月11日神輿新調委員会を開催。

上野松坂屋より提出された見積書を審議して、3,870円(現在の約3,870万円)で新調することを決定しました。実際の制作は、行徳にある後藤直光によって行われました。

■大正15年4月29日新神輿納品

大正15年4月29日午前9時、囃子方を付け前後に神社世話人付添い鳶頭の木遣音頭を先導として、牛車に載せて、上野広小路松坂屋を出発して、午前10時30分無事下谷神社に到着しました。

■現在の本社神輿の大きさ

*高さ:3m6cm

*台輪:1m24cm角

*胴体の彫刻の図
 天岩戸開きの図
 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が剣を持って賊を平定の図
 狐の嫁入りの図

■大正15年5月新本社神輿初渡御は、4日間行われました

<日程>

*5月8日
午前7時半 神社より出発
宮本〜南清島町〜神吉町〜万年町一丁目〜下車坂町
午後8時半 神社へ戻る

*5月9日
午前7時半 神社より出発
上車坂町〜車坂町〜下谷町〜仲御徒町4丁目〜御徒町3丁目〜仲御徒町3丁目

午後6時 御徒町2丁目公園にて一泊

★午後8時 臨時総町集会を開き渡御日数1日延長を急遽決定

*5月10日
午前7時半 御徒町2丁目公園より出発
御徒町2丁目〜仲御徒町丁目2丁目〜亀住町〜坂町〜仲御徒町1丁目〜御徒町1丁目
午後6時  御徒町2丁目公園にて一泊

*5月11日
午前7時半 御徒町2丁目公園より出発
竹町〜下谷公園〜西町南〜西町北
午後7時 神社へ戻る

★当時の巡行ルート地図によると、各町会細かいルートをくまなく渡御しておりました。

2008年5月JR上野駅に飾れた下谷神社本社神輿(写真)

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